彩雲斎の雑記

令和のこどおじ 人畜無害に日和ってくstyle

マスカケ&ますかけ

 ますかけ線。

 

 いわゆる『百握り』と言われる手相の事でございます。

 

 手相には、それぞれの線(シワ?)に様々な意味があるようで、その人生そのものを決定づける、運命と何やら浅い結びつきがあるようです。

 

 なんのこっちゃ。

 

 とは言うものの、こうした占事とは、思わず照らし合わせて、現状や未来、確信や期待など、精神バランスに、一役買っているのも否めない事実であります。

 

 しかしながら、全く同じ手の大きさで、全く同じ手相を持つ、全くの別人同士が、全く同じ運命を辿るものなのか。

 

 生命と輪廻の未知、まだ検証の余地が残されていそう。全く同じ手相を持つ2人の、類似する数奇な運命。

 

 人類史上最高のミステリーに挑む価値がありそうで、無いような悪寒。

 

 実はと言えば、小生はその『マスカケ線』の持ち主。しかも両手。何万人に1人の確率とか。微妙に嬉しく、なんか誇らしい。

 

 人は時々、自分自身のマイノリティさを、怪しい自我によって、酔いしれる癖がある様でございます。

 

 そしてそれらは行き過ぎると、ただの自慢や承認欲求の権化となり、忌み嫌われる原因にも繋がっているようにも思えます。

 

『マスカケ線とは、感情線と頭脳線が一直線になっており、非凡・天才肌で、存在感の強さや、類まれなセンスで人を惹きつけがちな大物。運を掴んだら離さない、逆境ほど、その才能を発揮しがち。』

 

 なんかかっこいい、、、。

 

 〜がち、な曖昧な説明が溢れておる訳でありますが、一方では、いわゆるただの先天的奇形との解釈もあり、その証拠に、猿の手は皆、マスカケだとか。

 

 手だけ、ミッシングリンク。

 

 もはやマスカケを持たざる先進人類らによる、誹謗中傷か、嫉妬に近いのでは?と掻い潜る訳でございます。

 

 なにはともあれ、社会的に大成している著名人には、なんの偶然か、このマスカケ持ちが多いようでございます。

 

 なんとかデータバンク参照でしょうか。真意は不明であります。

 

 斯々然々、なんか自慢したくなるけど、小生はと言えば、別に大したことない、普通の人生を歩んでおります。

 

 と、思っております。

 

 振り返ってみれば、本人が意に介さないだけで、実は混沌とした、退屈のない人生なのかもしれません。特に死ぬまでこのまんまでも、いいかな。

 

 天下人、徳川家康公の手相は、正真正銘マスカケである。


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